旅日記 沖縄・・そして古澤さん


<その1 冬眠から脱出!>
旅費が安い時期とはいえ節約を心がけネットで必死に調べて当日は始発JRで出発。睡眠不足も苦にならず羽田乗り継ぎ計8時間後、那覇空港に到着。大阪の姉貴と合流。彼女の第一声「コンタクト両目落としたから眼科いかんとあかんわ!」「がーーん、眼科・・・分刻みで予定を考え今日しか観光時間ないのに!」と私の心の声。いかん今回はケンカしない!そう決めてきた。見れば4泊の旅に海外旅行用ばかでかいスーツケースの姉貴。なんでやねん!レンタカー屋までのバスに乗り込み5分後イライラの私の隣でいびきをかき始める。後ろの座席の子供が覗き込む。ああーはずかしい。スローテンポのレンタカー屋に「めがねいちば」の住所を聞きナビで到着。めがね市場ではなく「めがね一番」だった。


2時間後ややあらっぽい運転(北海道ではふつー)で首里城に着くと見たかった舞踊が終わった所だった。又がーん。琉球王朝を眺め気を取り直して沖縄つう友人推薦のごはんやへ。うんまい♪気持ちもほぐれてきた。ホテルはシングル、わざわざシングル。姉貴「なんでツインじゃなくてシングルなん?」私「別々のツアー予約だったから」・・ほんとは違う、ちゃんと寝たいから。

深夜1時43分恩師、古澤良冶郎急死の知らせ。
深い眠りの中メールの着信に気がつき頭が混乱した。
折り返し川村さんに電話、異様に落ち着いている。とりあえず冷静にならなければ・・という感じ。朝までほとんど眠れなかった・・涙は出なかった。

翌日1時間ほど走り、とあるスーパーの入り口で遠い親戚の男性に会う。その方は口調がやわらかく、しかも声が小さい、スーパーのBGMはでかい、どんどん顔を近づける私ら姉妹。
とりあえず祖母のお墓の場所を探す手がかりになるかもと更に遠い親戚の家に向かう。南国の景色。気温13度位、地元民には真冬らしい。
70代のおじさんの家。30年40年前の記憶をたどり話すうち、私の家にも泊まりに来ていたことがわかった。母親の血縁関係がはっきりしない為こうして情報を得る、これが目的。更に近所のおばあの家にお邪魔する。かわいい小さいおばあは100歳!
目も耳も絶好調、声がでかい。隣に居る老女も同じく元気90歳。あとで本人がまだ88歳だよと言ってきた。うんうんそれ大事よね。100歳のおばあは祖母の事をはっきり覚えていた、顔つきや振る舞いなど細かに教えてくれた。平均年齢80歳ぐらいの方々の記憶力は私達よりはるかに正確だった。
6年前に亡くなった母が何度か訪れていたお墓の場所を探したい。手がかりは最後の母の再婚相手の記憶。その人に電話で聴きながらそして親戚たちの土地勘でお墓を奇跡的に発見!しかし 〜

<その2 血は争えない>
その場所は荒れ放題の藪の中、数年前から人が入った形跡もない。おじさん達は「これは危ないから入らない方がいい、ハブ(蛇)もでるかもしれん」その言葉も聞き流し「大丈夫やわ~いつも山道歩いてるしぃ」と草むらの中から木の棒を拾い上げあっというまに藪に消えた姉・・呆れる私。おじさんしんみりと「・・お母さんに・・似てるね・・」5分後携帯で呼び戻す。お墓が有る場所寸前に大木が倒れて進めず悔しがる姉貴。「ああ悔しいわぁ、もう少しやったのに夢見そうやわぁ」うん、もう少しやせていたら行けたかもしれないよね、ここまで来たんだからいいじゃんよお姉さま。皆と別れて近くを観光。10分で一周出来る古宇利島、サトウキビ畑の収穫もお年寄りが多い。トレーラートラックのコンテナみたいな喫茶店でお茶タイム。

開け放たれた木枠の窓の向こうに海がブルーグリーン。白い橋。オレンジの畑。涼しい風。・・静か・・眠い・・姉貴・・うるさい。「やっぱり冬やから・・さむいんやなぁ・・」不毛な会話。コーヒーだけでいいと言っても「ケーキおいしそうやから食べようや」と勝手に注文する姉貴。でも割り勘。


今日の泊まりは大浴場付きのホテル、ナビで検索、無事に到着。やばい、この空気、ほとんど歌舞伎町のど真ん中だ。黒びかりのホスト、裏世界の目つき悪すぎがぞろぞろ。緊張しながら駐車場に入る。フロントのお兄ちゃん、顔に「やる気ありません」と書いてある。最悪な対応。姉貴「他いこか!」違う店員で何とか我慢して部屋に入る。あ~今日の部屋はツイン↓早くねなきゃ、姉貴より絶対早く寝ないと・・いびきで大変だ。おまけにトイレが近い姉貴はあちこちぶつかりながら何度も起きる、その音で私が起こされる。翌朝「かぁずこ~はよぅ起きんと朝食、間にあわへんでぇ!」耳栓も意味を成さずiPodは充電切れ・・たすけてぇ・・
姉貴のデカスーツケース中身は着替え洗面具しか見えないのに小分けしたポシェット小が4,5個。それを入れている小袋が3,4個。それを入れている中袋が3,4個・・で、全体がぐちゃっと仕切りもなく詰め込まれている。しかも重たい。いろいろな意味で勉強させてもらっているんだ、私。

空港までのバスの中、沖縄民謡がBGM、独特なリズム。古澤さんが踊っている姿が浮かんだ。腰を落としてあのおばあちゃんの様な目を大きく見開いたあの顔が。

那覇から宮古島までは空路40分。窓際席に私、隣の姉貴の向こうは眉毛の太い地元民らしき男性。かなりヤニ臭い!タバコ嫌いの姉貴はどんどん私に寄ってくる。身長はほぼ一緒、体重は私+11㎏、腕も太いから窓に押しやられる私。37年ぶりの宮古島。民宿へ急がねば、市役所が閉まってしまう。・・・

<その3 守られて・・>
飛び乗ったタクシーはカーチェイス並の運ちゃん。一般車はのろのろのんびり運転、なんでやねん。市役所でひいばあちゃんの除籍謄本は取れなかった。この半年間、母の軌跡をたどりながら役所へ郵送請求を繰り返し江戸時代の先祖まで辿り着いた。再度となりの島に問い合わせとなる。姉貴は役所の入り口のソファーで「あんた、いつトイレから出てきたん?」と待っていた。曇り小雨の天気、でもまずは海岸へ。

白い砂浜ビーチバレーのネット。誰もいない。「ちょっとあんた、直樹(息子)に写真メールで送ってくれへん?」ぅあ~ 一人になりたい・・

旅行はいつもホテルを好む方だが今回は地元の話を聞きたくて老夫婦経営の古い民宿を予約した。が出てきたのはやさしそうなおじさんと厚化粧、目のまわり真っ黒にラメきらきらのシャツを着たおばさん。うっ・・ちょっと違うけどフレンドリー

夕飯は人気の居酒屋に入れず民宿のおじさんに聞く。ここも沖縄民謡BGM、又浮かぶ・・思い出す。ドラムレッスン3回目古澤さんに「あなたにはなぜだかわからないけどプロになってもらいたい」と言われて私も何を言われているのかわからなかった。レッスンの始まりはあいさつも無く「あのさー」「この前のさー」前置きもなく「だからさー」聴いたばかりの曲をニコニコ笑顔で唄い踊る。出来の悪い私に「あなたがなんでこのフレーズがわからないのがかがわからない」あの仙台訛りで、まか不思議なときが流れていた。

あまりおいしくないと知ってはいたが沖縄魚「グルクンのからあげ」を食べたら骨が喉にささった!取れない。全然取れない。食べたくなかった白飯をがぶがぶ、だめだ・・姉貴「私も最近3回それやったけど、やばいで~、明日耳鼻咽喉科行かなあかんわぁ」民宿へ帰り、鏡で喉にささっている骨を発見、傷ついた喉、げぼげぼ状態。そして又いびきで眠れない。

民宿で紹介された格安レンタカーはオンボロで懐かしい感じ。早口で去っていったレンタカーのおっちゃんは見ようによってはかなり怪しい。まっいいかと思いきや、リモコンキーで後ろのドアロックが効かない。うわーカーナビが付いていない!しまった・・でも小さな島だからなんくるないさ~(沖縄の方言:大丈夫)

宮古島のとなりに人口数千人の「多良間(たらま)島」がある。私のルーツはこの島らしい。私が37年前に宮古島に来た時のひいばあちゃんの記憶は私の名前を「かずこがまぁ~」と呼んでいた事ぐらい。ひいばあちゃんはその昔、多良間島から宮古島へ移住したようだ。そして波瀾万丈の人生を歩んだ娘(まだはっきりしていない)や孫、又は何かしらの肉親の存在があって私がこの世に誕生したはずだ。あまりにミステリー。母が生前墓参りに訪れていたらしいがその場所ははっきりしなかった。「宮古島、共同墓地」で検索するも解らず、市役所でも無理かと諦めかけた時にたまたま電話にでた窓口の方の情報で多良間島の郷友会へ繋がった。多良間郷友会共同墓地へは年配の会長さんが案内してくれた。果物を供え掃除をしながら多良間島の話を聞く。墓の前で酒盛りやお弁当をたべる風習もある沖縄、屋根付き石造りの一軒家のようなその形は中に入って行きたくなる不思議なたたずまい。昔はお墓番も居たと母が言っていた事を思い出す。

あれ?骨、魚の骨が取れている?確かに取れている!姉貴「ええー?ほんまぁ!?」
ひいばあちゃんありがとう。

古澤さん・・ありがとう。

<その4 さらに軌跡・・>
さて移動しようとなったら姉貴がおいしいコーヒーが飲める場所で話がしたいと言い出す。会長さん「・・・う~ん・・コーヒーがおいしいのは本土(沖縄本島)ですよぉ・・」私「そうですよねぇ、すみません、気にしないでください」ペコリ。それでもホテルのラウンジ喫茶に案内してくれる。多良間島へ出航の船を見ながら会長さんと沖縄へ来た理由などを交えて雑談。多良間人はのどかな沖縄の中で「反応が速く行動力があり根性がある人が多い」と言われてすぐに母が浮かんだ。しかしそれをどう生かすかで様々な人生を歩んでいる人も居ると。まるで母の事だ。多良間に母の結婚相手の一人の戸籍がある。その戸籍を見せると会長さんが驚きの表情。自分の実家の近くだという。もちろん名前も一致。母は幼少の姉を連れてその人と数年間同居した。現在多良間に住むその人の親戚を通して本人の連絡先がわかった。姉貴は電話を躊躇した、遠い記憶とはいえ辛い思い出ばかりで楽しいことはひとつもなかったらしい。具体的な内容は私が聞いても涙がでてしまうほどだ。90歳で今なお元気なその人は姉の事を思い出すのに5分かかった。姉貴は涙をこらえながら記憶を確認していた。事情を知らない会長さんは「まるで映画かドラマのようですね」と喜んでくれていた。

会長さんにナビをしてもらい島ドライブ。しかし曇りすぐ雨、すぐ晴れで突風が吹きまくる。岬の先端は風速15メートル位の風で歩けない。カズキ(息子)なら吹っ飛ぶ。いや飯田(夫)も。そうだ重心のある姉貴につかまろう!としたら逆に腕をつかまれてバランスを崩した。

地元のそばやへ。うんまい!
じろじろ見られてしまう、関西弁おんなに青白い私。夜はゆうべいっぱいだった人気のごはんやへ。噂通り丁寧につくられた料理に満足。でもちょっとね、ラストオーダーをしきりに言うのは人気店だから?おばあのやさしさとはちがうなぁ・・今日は魚を食べない!と決めた私。姉貴が握り寿司を注文。沖縄なのに握りかぁ・・骨無いから良しとしよう。



今回姉貴は免許証を忘れてきた。「なんであんた免許証忘れるな!って言ってくれなかったん?韓国行くときは(イ・ビョンホンのファン)いつも家に置いていくねん、そやからなぁ確認してほしかったんやぁ・・」知るかっ!ってあなたの運転に乗るつもりはありませんでした。と言わずに我慢。羽生えらい!  みやげに泡盛を買いたい。酒屋のさわやか兄ちゃんは埼玉県からの旅行がきっかけで居着いてしまったらしい。ダイビングもしないと聞けばきっと彼女だろう。いいね、青春。30度の地酒泡盛「琉球王朝」はすっきり味でおいしい。

最終日ぐらいはちゃんと寝たい・・・寝られた!多良間島の話と観光案内の中に道順をいれながら話してくださる会長さんの言葉に神経を使い、意味不明な姉貴の質問を通訳し、リモコンの効かないドアを手動で閉めて・・デジカメと携帯であちこち撮影する。そりゃぁ眠れるはずだ。

最近ツイッターを始めた理由に今回の旅があった。でも続けられなかった。
東京では通夜が行われている。訃報を聞き故人への思いを載せる事は私はできなかった。
人それぞれの表現があると思うけど。

那覇空港で姉貴と別れる。やったーこれで自由だぁ~ ひとりってすばらしい♪ 羽田までの2時間半、疲れているはずなのに開放感とむなしさで眠れない。本当は今日北海道へ帰る予定だった。告別式に間に合わないので古澤さんの長男宅へ向かう。

<その5 恩師と>
何年ぶりかの西荻窪。いきなり「はぶ!」って古澤さんが出てきそうだ。昔古澤事務所アクトで働いていた頃、郵便局や銀行へ行く途中、数十メートル先の十字路からよく古澤さんが出てきた。それも顔がこちらに向いた状態で。逆に後ろ姿を見つけた時は突然振り向いた古澤さん・・爆笑しながら「全身が目」だと思った。「どこいくの?」と聞いてきて「郵便局です」「ふぅーん」

ある時はアクトに来て
「おまえのさー車さー何色だっけ?」
「?色ですか・・赤ですけど」「赤だよね?」「はい赤っぽいです」「赤いの無いよ」「無い?」「下に無い」「下って?」・・・
がーん!レッカー移動済み・・長い会話。

長男宅の住所を聞いてはいたが一応と思い店じまい最中の駄菓子屋のおばちゃんに尋ねたのが失敗。店の奥から昭和の古ーい地図を持ち出し、すすけて見えないから又最近の地図を探してくると言う。確かに私も老眼で見えない。「あっすみません、大丈夫ですから、もうわかりましたから!」いくら言っても今度は虫眼鏡が登場。結局おばちゃん途中まで着いてきてくれた。ああ・・これだからこの街で生きてたのかな、師匠・・。(写真:楽屋で私のスネアを調整してくれている古澤さん)

マフラーぐるぐる巻きに背中を丸めたサラリーマンの中を薄着で猛ダッシュ羽生走る汗だく~到着。静かな長男夫妻が待っていてくれた。お線香をあげる手が震えて止められなかった。
宮古島の地味なキャラクター「まもる君」ドライブ中に何度も見かける直立の顔色の悪い(白い)おまわりさんの人形がラベルになっている泡盛のボトルを供えた。一緒に呑みたかった。
二日間で600人もの弔問客で息子もご家族も驚いたそうだ。
古澤さんの国立音大の先輩だったピアノの本田竹廣さんと同じ日、同じ病名で逝ってしまった。
永遠に先輩後輩。

その後友人と会い翌日も献杯で宴会。私用でブラジルから帰国中の青木カナ(Vo)にも会えた。
私もカナも古澤さんに「おまえら来いよ!」って呼んでもらったんだ、きっと。

後日談
・古澤さんの告別式で「羽生を見た」と言った人がいたらしい。
・喉に刺さった魚の骨 はキュウリを食べるといい、と後から地元の方に教わった。
・姉貴に「あんたぁ・・歯ぎしり凄いなぁ〜小さい頃からやけど・・」と言われた。
・先祖を調べていたら女性に「カマド」「マウシ」「ボナ」「メガ」などの名前があった。
メガハブ!古澤さん喜ぶだろうなぁ・・  


新年 あけましておめでとうございます (ペコリ)

今年はホームページの更新を少し増やす。ツイッターも半年は続けてみる。
運動も・・・もうっちょとがんばるの羽生一子です。
まずは体力。皆さまも健康第一に充実の1年を・・

それにしても山陰地方の豪雪ニュースを見て雪国の私も驚いています。
こういう時ドクターヘリの様に北海道民がたくさん現地にかけつけられたらいいのに・・

年末さぼったブログを・・クリスマスライブ
これぞ北海道の冬 道東 知床の夕日



お世話になったランサムのママと玉ちゃん(Vo) まるで親子!?ライブも大盛況でいつもながらの元気で温かいお客様に感謝です!



ここ10数年幾度となくライブをさせてもらっている網走ランサムのママは私にとって北海道の母。
ママのごはんは最高!今回は前日入りしてリハーサル。リハーサル中も「まだ食べないのかい?」と何度も声をかけてくる。
もちろんライブのお客様にもお手製めちゃウマ弁当付き。今年の夏も行くぞ〜♪

道の駅ウトロ 世界遺産15分映像が良かった

クリスマスプレゼントに最適 〜♪♪♪

北海道なのになかなか雪が積もりません、異常気象ですね。
毎日雨ばかり・・クリスマスまでにはどかん!と積もってくれるのでしょうか?
息子は雪が降らないとサンタさんが活動できない!と心配しています。
さてサンタさんが来なかった場合や誰かにプレゼントを・・と考えている方に
是非おすすめしたいCDがございます。

「おはなしの森シリーズ」4作品
Vol.1  「ぶんぶくちゃがま」他


Vol.2  「ブレーメンの音楽隊」他


Vol.3  「ももたろう」他



Vol.4  「長靴をはいた猫」他


私は全作品に参加しています。「うらしまたろう」ではグラスの水をストローでぶくぶくと即興演奏(?)おもちゃのスーパーボウルを投げたり竹楽器をかき鳴らしたりとそれはそれは楽しい録音でした。

「むかし話」「おとぎ話」と言えば子供に聞かせたいと思うわけですが、この作品は以外にも大人へのウケも良いみたい。子供を寝かしつける親の方が先に気持ちよく眠ってしまいます・・・
あなたも遠い昔に戻って癒されてみませんか・・

おはなしの森サイトの 試聴ページ → 全話少しずつ聴けます
おはなしの森 MySpace → 各1話ずつ、全編聴けます

動画UP!
2010.11.10 コメント (13)

今年9月に札幌のライブハウス「くう」で行われたLittleWingの演奏がYouTubeにUpされました。

曲は廣木光一のオリジナル3拍子の「Gal」(ブラジルの歌姫GalCostaに捧げたい曲)
この日廣木光一はおニューのギター(Gibson ES-165)飯田雅春もFenderのジャズベースで新しい空気が流れていたような気もしますがもう忘れてしまいました。ライブの後の打ち上げがいつも通りえらく盛り上がるわけで・・・
打ち上げを先にやってライブをやった方がいいかもと思うくらい の勢い・・・

それにしても尖閣諸島も自分 の演奏も同じ画面で見られてしまうなんて、アナログハブには不思議です。

カニ釣り・牧場・初○○○ライブ

カニ釣り

自宅から車で10分走る。小さな船着き場。
勝手に入るのは良くないので赤ら顔の漁師のおっちゃんに「カニ釣りがしたい」と話すと「いいよ〜どうぞどうぞ」と片手にペットボトルを持ってにっこにこ笑顔。ボトルの中身は透明・・焼酎か日本酒と思われる。
おっちゃんは何をするともなくぼーっと海を眺め時々歓声ををあげる子供達を見て又にこにこ。
何十年もこうしてこの海とつきあてきたんだろうなぁ・・カッコイイ・・カニは針金の先にソーセージのえさで面白いほど釣れる。地元のおばちゃんともなると両手素手でがばっとすくう!?らしい。

えこりん村のえこりんまつり
トラクターショー♪まるでボブとブーブーズ わっかるかな〜

そして

あ”〜とうとうキテシマッタ・・・どんなにがんばってももう・・見えない・・・・・

悔しいが・・・しかたない・・・・・・